• ※はじめての方はENTRYボタンをクリックし、マイページを作成ください。
  • ※エントリシートのご提出、説明会・イベントのご予約はマイページよりお願いします。

社会人なんて言葉は嫌い
「個」の可能性に
圧倒的にこだわる広報部長
社会人なんて言葉は嫌い
「個」の可能性に
圧倒的にこだわる広報部長

ビジネスコース

宮村 収

2007年 新卒
株式会社リクルートキャリア
アドミニストレーション統括室 広報部 部長

PROFILE

2007年、新卒でリクルートキャリアに入社。コンプライアンス部門に配属され、リスクマネジメント、法務業務に携わる。法務を担当していたときには、現場寄りのスタンスでトラブル対応や新施策検討を行い「攻める法務」の異名をとる。2016年に広報部に異動し、現在は広報部長としてリクルートキャリア、そして、「はたらく」という領域におけるリクルートの価値である「人の可能性を軸にしたビジネス」を発信し続ける。就職活動の際、大手新聞社の最終面接で会長と喧嘩したことがある。

社会人とか、学生とか
枠型に自分の可能性を
閉じ込めなくていい
社会人とか、学生とか
枠型に自分の可能性を
閉じ込めなくていい

ー リクルートという会社をどう思いますか?

僕は、「社会人」という言葉が大嫌いでした。たとえば、3月31日まで学生で4月1日から社会人なんて、その1日の違いで自分の何かが変わるわけがない。でも、つい自分を社会人という型にはめてしまいがちなんですよね。それは、自分の可能性を閉ざしてしまうことになりかねないと思います。

僕には、大事にしているリクルートの先輩たちが残した言葉があります。「個をあるがままに生かす」、そして「暗い奴は暗く生きろ」。これは、個の可能性を重要視するリクルートという集まりのありかたを表す言葉だと思います。

明るく元気で、いつも前向き。リクルートという集まりに居る人にはそういう「ネアカ」なイメージを持たれることが多いかもしれません。でも一人ひとりを見てみれば、それぞれ何らかのコンプレックスはあるでしょうし、元来、人は他の人やコトに対して多少の引け目を感じているくらいが正しい姿ではないでしょうか。その意味で「暗い」というのは、万物への畏怖の表れといえるかもしれません。だから、その畏怖自体や、それによって揺らされる自分自身を、無理に何かの枠にはめ込んで封じる必要はない。

「個」を大事にするというのは、自己中心的であっていい、自分の世界に引きこもっていればいい、ということでは決してありません。それぞれが、それぞれの強みを持ち寄って勝負するということだと思います。その前提がある限りは、立場や役割に関わらず、堂々と自分が思う意見を言える。

もちろん、個が強ければ意見もぶつかり合う。でも、伝えたい意見の肝心な中身が置き去りにされて、「こいつは何を言ってるんだ?」とはなりません。ちゃんとコトに向き合って考えている限り、どこの誰がそれを言っているかは関係なく、意味ある意見は尊重する。本当の意味でフラットさがある会社だと思います。

ー いま、熱狂していることはなんですか?

僕はリクルートキャリアで広報を担当しています。その立場から「リクルートキャリアという集まりは何者で何を大事にしているか」「何をどう伝えれば世の中の方にわかっていただけるか」ということに力を注いでいます。

リクルートは、いろいろな事業を手掛けている会社です。そのなかでリクルートキャリアは、就職・転職に関わるビジネスを手掛けています。マッチングと言ってしまうとどこか無機質な印象をまとってしまうのですが、マッチングによってつながる人と仕事。その「つながり方」こそが肝要で、それ如何によって、人にとっての仕事の意味合いも、仕事の集まりの結果として企業で果たせることの成果も大きく変わるはずです。

リクルートキャリアが手掛ける事業の根底には、そうした人と仕事のつながり方に対して、前述のようなリクルートという集まりで自分たち自身が体験してきた「個の可能性」へのまなざしが強くあると思います。

一人ひとり異なる個性や特徴、抱える制約や意向。百人百色の「人」が、自身を解放してイキイキと働ける「仕事」とどうすればつながることができるか。そのためのつながり方にどんな工夫の余地がありそうか。自分たちは何ができるか。リクルートキャリアという集まりが、何を考え、何に悩み、どう行動しているか、一人でも多くの人に理解していただくことに心血を注いでいます。

プライベートで熱狂していることは、月並みですが、子どもの成長を見守ることです。大きくなるにつれ、自分や妻に良いところも悪いところも似ていく様子を目の当たりにすると、人と人のつながりや縁を不思議に感じます。

ー あなたが大事にしていることはなんですか?

人と人、コトとコト、人とコトが行き交う場面で、それぞれの人やコトが持ち寄るもの同士が、より活かされるかたちに止揚できる存在でありたいと思っています。そのためにも、何をするにも「『大文字』に踊らされない」ということは大切にしていきたいと思っています。

「みんながそういっているから / やっているから」「こういうものだから」という雰囲気が漂う場所や場面には、一見、正しそうで疑いようのないように思われる「大文字」がヌクッと立ち上がっていることが多いと思うんです。そんなとき、「本当にそうか?」「実際はどうなのか?」とまずは自分自身で感覚し、考えることがなにより大事だと思っています。

※所属や役職は、2018年3月時点のものです。