生存率1%、リクルートの新規事業プログラムを突破。「あえて起業しない」岩田圭市のキャリア

岩田 圭市/株式会社リクルート R&D本部 次世代事業開発室 knowbeプロジェクト推進グループ グループマネージャー

『ゼクシィ』『R25』『スタディサプリ』——誰しも一度は耳にしたことのあるこれらのサービスは、実はすべて同じ出自を持つ。リクルートの新規事業立案プログラム「Ring」だ。

Ringから生まれた事業を推進している事業家のひとりが、2016年に同プログラムでグランプリを受賞し、現在は障害福祉に特化した運営支援サービス『knowbe』の事業責任者を務める岩田圭市だ。

岩田はネットビジネス本部の企画開発職をメインにキャリアを歩んだのち、入社7年目にRingに応募した。ピボットを経て、事業化を検討する権利を得るまでの苦難から、ベンチャーキャピタルさながらのリクルートの事業投資モデルまで、社内起業で味わえるダイナミズムと成長機会について聞いた。

PROFILE

岩田 圭市

株式会社リクルート R&D本部 次世代事業開発室 knowbeプロジェクト推進グループ グループマネージャー

2009年にリクルートへ新卒入社。旅行カンパニー(現リクルートライフスタイル)配属となり、半年間営業に従事。その後「じゃらんnet」のWebディレクターとして、クライアントサイドの開発を担当したのち、「チラシ部!」「ポンパレ」の企画開発、外部サービスとの提携検討、リクルートIDの横断広告事業の立上げ、「ホットペッパーグルメ」の新商品立上げを経験。2016年のRecruit Venturesにエントリーした『knowbe』でグランプリを受賞したことをきっかけに、現組織で事業化を進め、現在に至る。

材料工学を学ぶバンドマンが、ビジネスに興味を持ったワケ

まずは、学生時代についてお伺いします。現在『knowbe』を立ち上げられていますが、もともと事業立ち上げや、起業に関心があったのでしょうか?

岩田 圭市(株式会社リクルート R&D本部 次世代事業開発室 knowbeプロジェクト推進グループ グループマネージャー)

岩田いえ、学生時代は明確なキャリアプランを持っていませんでした。漠然と「自分が手がけたサービスで、世の中の人に喜んでもらいたい」と思っていましたね。というのも、趣味のバンド活動を通じ、自分がつくったもので人を喜ばせることの楽しさを知っていたんです。

ビジネス職を選んだのは、その想いを実現するため。私は工学部で材料工学を学んでいたのですが、ものづくりだけでは、限界があると感じていました。多くの人を喜ばせるためには、コンセプト設計から売り方、ビジネスとしての収支モデルまで考える必要があると思い、新卒でリクルートに入社しています。

岩田さんにとって、リクルートが魅力的に映ったのはなぜでしょうか。

岩田自分が若いうちから活躍している姿が、高い解像度でイメージできたからです。

就職活動中、まだフリーペーパー中心だった『ホットペッパー』を企画・推進していた若手社員に話を聞く機会がありました。その方の話を聞くうちに「若い世代でも、世の中にインパクトを与えることができるんだ」と、肌感覚で理解できたんです。

僕自身、大学入学後にリクルートのフリーペーパーが広まっていく過程を目の当たりにしてきました。そのムーブメントを手がけた人が、自分とさほど年の変わらない先輩だと知って、驚いたんです。

もちろん他にも、メーカーのマーケティング職やコンサルティングファーム、商社など就職先を検討しています。しかし、リクルートほど高い解像度で、若いうちから主体的にビジネスを推進している未来をイメージできる企業はありませんでした。

入社後は、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。

岩田最初の半年は、『じゃらん』の営業職を務めました。そこから7年ほどは、部署を転々としつつ、『ホットペッパーグルメ』をはじめとしたインターネットサービスの企画に携わっています。他にも新規事業の商品企画や、広告事業の立ち上げなどを経験しました。

白いキャンバスに、自分で絵を描く。「Ring」グランプリ受賞までの軌跡

企画系のキャリアを歩まれていくなかで、新規事業立案プログラム「Ring」に応募されたのはいつ頃でしたか?

岩田入社7年目です。応募に至るルーツは、3年目に新規事業立ち上げに携わったことにあります。事業は撤退してしまいましたが、そこでの経験が楽しくて、その後も別の新規事業の部署を経験させてもらっていたんです。

しかし入社7年目は、既存サービスのプロダクト開発が主な業務。その仕事も楽しかったのですが、新規事業から離れて改めて「やっぱり新規事業をつくりたい」という想いが沸いてきた。そんな折、Ringの募集を見かけたので、トライすることを決めたんです。

部署異動ではなく、Ringに応募したのはなぜでしょうか。

岩田その当時、立ち上げたいと感じている事業が自分の中にあったんです。僕が提案したのは、メンタル休職者の復職支援事業。親しい友人が、メンタル不調がきっかけで退職に至ってしまい、ビジネスパーソンのメンタル支援の必要性を痛感しました。自社の中に、やりたいと思えるものがあったことが、挑戦の決め手になっています。

Ringを通してどのように事業を立ち上げていったのか、教えていただけますか。

岩田メンタルヘルス領域に関しては完全に素人だったので、企業の人事担当やマネジメント層、そして医者まで、あらゆる職種の計50名ほどに話を聞きにいきました。ヒアリングを進めるなかで、休職者の復職タイミングで課題を抱えている企業が多いことがわかり、復職支援のプログラムの企画に至りました。

ということは、当初は現在の『knowbe』とは別の事業プランだったんですね。

岩田はい。一次審査を通過した後は、すぐに検証フェーズに入り、4ヶ月間ほどかけてニーズを確かめていきました。エンジニアのように採用難度が高い職種のメンバーが多い企業や、採用力に課題を抱えている企業を中心に、一定のニーズは見つかりましたね。

でも、休職から復職までのプロセスのなかで、支援プログラムが提供できるのは一部分だけだったため、支援対象となる方になかなか出会えなかった。検証を進めるうちに、事業として成り立たないと分かり、ピボットを検討しはじめました。そこで出会ったのが、『knowbe』につながる就労支援の領域だったんです。

ピボットの経緯についても、詳しく教えてください。

岩田復職者が企業に出社できるようになる前に、就労支援施設を利用するケースがあると知りました。そうした施設では、想像していたよりもはるかに多く、生きづらさや働きづらさを持っている方が多くいらっしゃいました。

データを見てみると、施設やそこに通っている方の絶対数も多い。実際に施設の方とお話しすると、当時構想していた復職支援プログラムにも興味を持ってもらえたんです。

そうするうちに、「就労支援をサポートする事業なら、より大きな課題を解決できるのではないか」と思うようになり、最終審査は就労支援の事業を考案しました。業界や顧客への理解の解像度の高さ、社会的にもまだ注目があまり集まっていない大きな課題に取り組んでいる点を評価していただき、グランプリを受賞し、事業化を検討する権利を得られました。

生存率は1%以下。体系化されたリクルートの事業投資モデル

グランプリ受賞後は、どのように事業を立ち上げていったのでしょうか?

岩田事業化が決定するとすぐ、元いた部署の仕事はゼロになり、すべてのリソースを事業立ち上げに使うことになりました。最終審査で起案した予算を与えてもらい、時間の使い方はすべて僕と共同起案者のふたりの判断に委ねられました。

最初の2年間は、スタートアップでいうシード期間です。事業プランをプロダクトに落とし込みながら顧客に価値を提供し、収支モデルを成立させられるのかどうかを探求し続けました。ダメだったら、即撤退。「生きるか、死ぬか」の世界線で胃を痛めながら、サービスや事業としての価値、市場性を確かめていきました。

その段階を通過すると、投資フェーズに移ります。スタートアップでいうシリーズAですね。予算を増やしてもらい、ビジネスサイドもプロダクトサイドも、全面的に人員を拡充していきました。

かなり詳細に、事業立ち上げのステップが定義されているんですね。

岩田「ステージゲート方式」という、ベンチャーキャピタルがスタートアップに投資するモデルを社内に当てはめたものを採用しているんです。スタートアップは、「シード→シリーズA→シリーズB→シリーズC→レイターステージ→IPOまたはM&A」といったプロセスをたどるケースが多いですよね。リクルートでも、たとえば「シード期間は市場性と提供価値を示すことがゴール」というように、それぞれのラウンドのゴールと投資額が定められているんです。もちろん、それぞれのフェーズで突破条件を満たせなかったら、そこで終わりです。

ただ、ファイナンス以外でも、事業づくりに必要なノウハウをインプットしてもらえたり、行き詰まったときに壁打ち相手を用意してくれたり、事業フェーズにあわせて正社員をアサインしてくれたり…リクルートのアセットを最大限に活かせます。

そうしたプロセスを乗り越えて、『knowbe』は成長していっているんですね。

岩田常にサバイブし続けている感覚です。だって、毎年たくさんの新規事業アイデアがプログラムに集まりますが、事業として形になるものは1%以下ですからね。

僕の場合は、とにかく組織マネジメントに苦労しました。事業戦略やプロダクトづくりは、それまで新規事業に携わってきた経験で培ったノウハウで乗り切れたんです。しかし、マネジメントはほぼ未経験。よく言われる「50人の壁」のように、組織拡大に伴って次々と課題が表出しました。たくさんの人に壁打ちしてもらうなどして、なんとか乗り越えていきましたね。

起業ではなく、社内起業を選んだのは「スピーディーに世界を変えられる」から

厳しいプロセスを乗り越えて事業を推進してきた岩田さんに、事業づくりで大切にしているポイントを伺いたいです。

岩田好奇心を持って顧客やマーケットに対峙することでしょうか。あらゆる事業の価値は、誰かの困りごとを解決することが根幹にあります。顧客が困っていることを、その周辺を取り巻く構造も含めて整理して解決策を示すことで、喜んでもらえる。顧客とマーケットの課題を明らかにすべく、常に「なぜ?」という気持ちを持ち続けることが大事ですし、おもしろいポイントですね。

新規事業に限定すると、一番おもしろいポイントはどこですか?

岩田真っ白なキャンバスに自分で絵を描ける楽しさがあります。他の人がつくったフレームのなかでプロセスを洗練させていく取り組みでは、なかなか味わえない魅力です。

起業ではなく、リクル―トで事業をつくることの魅力についても教えてください。

岩田前提として、サービスを享受する顧客にとっては、起業であろうが社内起業であろうが関係ありません。ただ「顧客をいかに幸せにするか」という観点では、社内起業は悪くない手段だと思います。

自社の信用力やノウハウ、アセットを十分に活用し、スピーディーに世界を変えられますから。また、リクルートの一事業として、中長期的に大きな価値を創出することを求められるので、自然と視座が引き上げられている感覚もありますね。

商品企画から事業づくり、そして企業経営へ

今後の展望も教えてください。岩田さんは『konwbe』をどのように展開していく計画ですか?

岩田まだ先の未来になりそうですが、『konwbe』を成長させることで、すべての人が自分らしく生きられる世界をつくりたいんです。その第一歩として、障害を持っている方への支援に取り組んでいます。

障害福祉の事業所は、全国に14万拠点近く、約100万人の当事者の方々が利用しています。現在は、福祉スタッフの方々の業務支援を通して、当事者の方が受けられる支援の質を高めるべく動いています。 業界としてまだまだ課題があるので、障害者の一人ひとりがより活躍できるように、私たちの支援の幅もさらに広げていきたい。そのために、組織面でも、ビジョン・ミッションの練り直しに取り組んでいますね。

岩田さん個人として、目指している姿はありますか?

岩田『knowbe』を伸ばして多くの人の課題を解決していった後は、まだ世の中にない価値を生み出せる事業が、次々と生まれていくような環境づくりにも携わっていきたい。

僕のキャリアを振り返ると、商品企画からキャリアをスタートし、現在は1レイヤー上の事業づくりにトライしています。今後はさらに1レイヤー上の、企業経営にもチャレンジしていきたいんです。

事業家としてのキャリアを着々と積み重ねている岩田さんのように、リクルートで活躍できるのはどんな人だと思いますか?

岩田当事者意識を持てる、つまり目の前の人が困っていたり、なにか問題が発生したときに、色眼鏡をかけず「なぜか?」と興味を持って行動できる人が向いていると思います。

リクルートには、事業づくりから日々の業務改善まで、年次にとらわれず、大小さまざまな挑戦機会が転がっています。そして、チャレンジするために必要な学びを大いに得られる環境でもある。社会に対して興味関心を持っている人が多く、多様な領域での事業展開で培われた知見も豊富にありますから。主体的に動ける人なら、十二分に会社を活用できると思います。