学生時代から変わらぬ思いとリクルートが大切にする「個の尊重」。女性役員・柏村美生が語る、10年後の未来に紡ぐものとは

柏村 美生/#女性役員 #人事・広報・サステナビリティ

「個の尊重」――それはリクルートが重んじるバリューのひとつ。従業員一人ひとりの違いを尊重し、ユニークな発想や情熱を歓迎するという価値観だ。

執行役員として人事・広報・サステナビリティを担当する柏村美生は、「個の尊重」の風土でキャリアを積み、現在は多様な人材がそれぞれの特性を生かして自律・自走する環境づくりに力を注ぐ。

学生時代から大切にしている「すべての人に役割のある社会を創りたい」というライフワークが担当事業とリンクする醍醐味を語った。

中国事業、美容事業、派遣事業とさまざまな取り組みを経て、メンバーをリードする立場に立った柏村が考える、リクルートの大切にしてきた価値観、これからのその姿とは。

PROFILE

柏村 美生

#女性役員 #人事・広報・サステナビリティ

リクルートホールディングス 執行役員(経営企画本部 PR担当)
リクルート 執行役員(人事・広報・サステナビリティ)

1998年4月、リクルートに入社。ダイレクトマーケティング事業部に配属され、新規事業開発を担当する。2004年からリクルート現地法人の上海瑞可利広告有限公司の運営総監として赴任し、上海でブライダル事業を統括。2011年よりCAPカンパニー ポンパレ室MD2部 MD部長、2012年よりCAPカンパニー 美容情報統括部 統括部長としてホットペッパービューティー事業を担当する。リクルートライフスタイル執行役員を経て2016年にリクルートスタッフィング代表取締役社長に就任。2019年よりリクルート執行役員(現任)、2020年よりリクルートホールディングス執行役員(現任)。

時代にフィットする「個の尊重」を目指して

柏村美生(執行役員)

人事・広報・サステナビリティを担当しているとお聞きしましたが、執行役員としてどんな役割を担っているのですか?

リクルートは創業から「個の尊重」を重んじ、ダイバーシティを意識してきた会社です。女性の管理職も昔から多かったですし、男性の育児休暇取得にも積極的で、私の周りでは取っていない人のほうが珍しいぐらいです。

「個の尊重」もダイバーシティも、常に時代のフェーズに合わせることが大切だと考えています。従業員の働きやすさや働き甲斐を考えることもそうですし、私たちがどんな思いで社会の不に向き合っているかについて、広報として社会へ発信していくことも、一人一人がサービスに注ぐ情熱を支援し、社会の期待と対話することにもつながります。リクルートが社会にとってなくてはならない会社であり続けるために、会社の基盤をアップデートし続ける役割といったところでしょうか。

人事制度も、公園のように出入りが自由で、個人、そしてチームがいきいき働ける環境――「CO-EN」(Co-Encounter)を目指し、改訂しました。働き方も働く場所も未来を見据えて常にアップデートしていきたいと考えます。

自分の核と事業がシンクロするのを実感

リクルートへの入社動機はどのようなものでしたか? 当時から女性が躍動し、男女の垣根なく仕事ができる環境だったリクルートに魅力を感じたのでしょうか。

大学時代は社会福祉学科で「精神疾患を持つ方の社会参加」をテーマに学び、ボランティア活動にも励んでいまいた。筋ジストロフィーや脳性まひの障害を持つ方の東北旅行に同行をした際の出来事が、私にとって衝撃というか今でも強く印象に残っています。旅行では寺院などの文化施設を見学して、福祉手帳があれば無料で入館できることも多いのですが、ある寺院で拝観料の300円が請求され、障がい者の方は入場せず寺の周りを回ってくださいと言うので車いすを押して回りました。当時の大きく重い車いすで遠く離れたところまで旅行にきて、次にいつ来ることができるかわからない、そんな中で入場せずに周囲を回るだけの状況へのやるせない思いとともに、このままでは自分が福祉の世界に行ってもなにも役立たないとも感じました。
障がい者の生活は国や自治体などの補助金で主に成り立ちますが、ここにも限界も感じ、利益を生む仕組みにして、市場を大きくしなければ福祉は良くならない……そんな課題意識から、仕組みづくりができる企業に進もうと考え、リクルートへの入社を志しました。

ダイバーシティについては、ごくナチュラルに自分の中の実現したいテーマとしてあったため、職場で自覚的に考え発信し始めたのはここ10年ぐらいのことかもしれません。

仕組みをつくるために、役員を目指してキャリアを積もうと考えたんですか?

それはなかったですね。目の前の仕事に必死に取り組んで、その延長線上に今の自分があります。

入社後は新規事業の営業に配属されましたが、「やりたかったことと違う!」などと考える暇がなく、まして役員を目指すなんて余裕もなく、とにかく「仕事を覚えなきゃ!」と夢中でした。できないことがたくさんあって、悔しい思いをすることももちろんありました。20年以上、リクルートで仕事を続けてこられたのは、それ以上に嬉しい事や感動することがあったから。そして、自分の核を大切にいられたからだと思っています。障がい者の方たちの社会参加を考え、「すべての人に役割のある社会を創ること」。大学時代からのこのテーマは、今も私を支え続けてくれています。事業が自分の核とシンクロするのを、リクルートでは実感できていますね

新入社員時代を振り返ると、どんな学び、気づきがありましたか?

リクルートでは、仕事のスキルを「見立てて」「仕立てて」「動かす」とよく言うのですが、それは営業でも同じです。クライアントの課題設定を一緒に考え、自分たちは何ができるかを考え、実行してから振り返る――まさに「見立てて仕立てて動かす」という流れそのものです。

当時のクライアントにもいろいろ教え育ててもらい、今でも交流があるような出会いもありましたし、振り返ってもこの1、2年目の時に基本の「き」や大事なことを教えてもらいました。そうしたら、いつの間にか仕事が面白くなってきたんですね。
新規事業の立ち上げで中国に駐在したときも、上海という市場を俯瞰して分析し、事業を考えて実際に回していきました。その後に携わった仕事でも、基本は変わりません。

「仕事は1人ではできない」
ターニングポイントになった中国駐在

中国の駐在は29歳、結婚3年目での単身赴任でした。大きな転機でしたか?

確かに、中国版『ゼクシィ』の立ち上げは大きな経験でした。新規事業として立案して、決済が通ったので、ある程度自分は仕事ができる……そんな自信を持って上海に単身で駐在しましたが、実際は1人では何もできない。そう思い知らされましたね

バックグラウンドがまったく異なる現地の中国人メンバーたちとゼロから会社を作り、事業を進めていく。立ち上げから一緒にいたメンバーが、本当に大事なフェーズで転職をしてしまうこともありましたし、他にもさまざまな困難に直面しました。そこで分かったのは、「他人を理解できると思うなんておこがましい。他人のことはわからないものなんだ」という学びでした。

他人のことはわからないから、せめて自分のことだけはわかるようにしようとメタ認知の大切さを認識して、自分の強みと弱みを客観的に理解するきっかけになりました。自分が得意なところでチームを支え、弱いと自覚する部分ではメンバーに相談したり、頼ったりする。中国での経験を通して、今のマネジメントスタイルが培われたと思っています。

単身赴任前はプレイヤーとして前線にいて、中国ではいきなり組織をマネジメント。戸惑いはなかったのでしょうか?

リクルートの人事を、私は冗談交じりに「無体で乱暴な人事」って呼ぶんですが(笑)。いつも、新しい組織に一人で着任することになるんです。中国に赴任するまではセールスとプロジェクトマネジメント、新規事業の企画を手がけたぐらいで、組織を本格的にマネジメントした経験や実績なんてありませんでした。

異動先はいつも、自分にとってギリギリのラインで。仕事に見合う能力はというと、体感的にはつま先が着くか着かないかのチャレンジングな異動でした。しかし、後から振り返ると、すごく自分らしく働くことができていたんです。今にして思えば、上司や同僚、人事はよく私を見てくれていたと思います。

単身で中国へ渡ったのは結婚した後のこと。当時、女性の海外単身赴任はレアケースだったと思いますが、葛藤はありませんでしたか?

中国の赴任はすごくエキサイティングで楽しかったです。しかし、赴任中に「あと3年やってほしい」と言われ、夫と話し合ったんです。夫は「やりたいならいいんじゃない?」と言ってくれましたが、一時帰国した際に家の冷蔵庫を見たら、賞味期限切れのマヨネーズが! 賞味期限が長い食品なのに、一人では使いきれなかったのか、と……。

これが衝撃で、「もう日本に帰ろう」って素直に思えました。それまではお互いを尊重しつつ、やりたいことに奮闘して歩んでいました。しかし、こんな結婚生活がしたかったわけではないと、あのマヨネーズが気づかせてくれましたね。

夫の誕生日は、年度初めに重なっていて毎年慌ただしく、夜も遅くなってしまいがちなのですが、コンビニでもいいのでケーキを買って帰って、しゃれたお皿に載せて出してあげる。コンビニスイーツを綺麗なお皿に盛るのは冗談も入っているんですが(笑)、忙しくても欠かさないようにしています。

仕事と家庭の両立にジレンマを感じたことはありませんが、葛藤は少なからずあります。しかし、「パートナーこそ、最も気遣う相手であれ」――この思い、ちょっとした気遣いの積み重ねが葛藤を解消してくれているようにも思いますね。

中国から帰国後も事業統括、組織のマネジメントでキャリアを重ねているのですね。

帰国後は『ホットペッパービューティー』をリード。ここで生きたのが、私のバックグラウンドです。大学時代、障がいを持っている方が髪の毛をカットすることの難しさを知っていたので、寝たきりの高齢者の方にカットを提供できるようNPOと共同して訪問美容をスタート。事業と自分の核になるものをリンクさせる醍醐味を知りました

その後、リクルートスタッフィングでは初めて代表取締役を務めました。ここでも、障がい者の方やそのご家族にたくさん話を聞いてきたことが、「一人ひとりのニーズに寄り添い、多様な働き方を実現する」ヒントになりました。

「子ども食堂」を企画する人たち、貧困支援NPOで活動している方など、いろんな人と会い、日本の中にある貧困ってなんだろう? その時に私たちが出来る役割はなんだろうと考え続け、「すべての人に役割のある社会を実現する」というテーマを掘り下げることができました。

大切な仲間の幸せや、社会貢献への実感が
自分自身の「楽しさ」として還ってくる

仕事のマネジメントでは、どんな想いを大切にしてきましたか?

一緒に働くメンバーには、「働く上で大切な3つのこと」をよく話しています。まず「自分の大切な人が幸せであること」。これは家庭だけでなく、仕事にも言えます。

チームのリーダーになると、仲間、つまり「大切な人」が増えるんです。メンバーにはぜひ、いずれリーダーになってほしいと思っています。大変なことももちろんありますが、それを打ち消すくらい楽しいことや大切な人が増えます。大切に思う人が幸せであってほしいし、大切に思える人が増える喜びを、みなに感じてほしいからです。

2つめは「自分の仕事が社会の役に立っていることを実感できること」。私はリクルートの事業を通して、大学時代からのテーマ「すべての人に役割のある社会を創る」を追求することができています。どんな事業、どんな仕事であっても、社会に貢献できている実感が背中を押してくれるんです。

そして、3つめは「自分が楽しいこと」。これは2つめまでが叶っていたら――つまり自分の大切な人が幸せで、社会に貢献できている実感があれば――自分自身が楽しく過ごせるということです。

マネジメントしていく上で、時には悩んだり考えたりすることもあります。私の信条は「反省するけど落ち込まない」で、これを決めたらすごく楽になりました。オフタイムには地域のコミュニティを感じながらリラックスできる銭湯巡り、ヨガや愛犬とのふれあいも癒やしのひとときですが、仕事においては、この信条が私を支えてくれます。

家庭やプライベートの好バランスを取る姿が印象的です。「柏村さん流」の仕事スタイルを教えてください。

私が働き始めた1998年頃のリクルートは、別名「不夜城」。いつも、夜な夜ながんばり続ける社員の姿がありました。そんな風土で育った私ですが、30代を迎えた頃から「18時半以降のミーティングは入れない」と決め、周囲にも宣言しました。

「夜に働かない」という意味ではなく、18時半以降は仕事をしてもいいし、プライベートに時間を使ってもいいと、自分自身で使い方を決めたいのです。当時は生意気だと思われたかもしれないけど、異動で周囲のメンバーや上司が変わる度に宣言していました。

個々の「幸せ」を追求する
守り続けたいリクルートの理念

これまでキャリアを重ねてきたリクルートを、今は牽引する立場になりました。執行役員としてどのような展望を持っていますか?

創業以来60年間、「価値の源泉は人にある」と考えてきたのがリクルートです。社史を紐解いてみると、「会社はなぜ存在するのか」という問いに対し、人事担当役員が「会社は個人が実現したいことを支援するのみ」と綴っているページが目に留まりました。

発行年を確かめると1974年……今では自明の「個の尊重」を1970年代から掲げていたのは驚きです。人の情熱、人の取り組みに投資し続ける。私たちが守り続けていくべき理念です。

リクルートが考えるダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)とは、自社においても社会においても、人と人とのあらゆる違いを大切にすること。私は大学生の頃から障がい者支援に携わってきましたが、役員としてDEIを考えることは、自分のテーマにも深く関わっていきます。これまでも自分の大切にしていることと事業をリンクさせながら自身の仕事に取り組むことができました。今後それを引き続き会社という器の中でやるのか、外でやるのかという違いはあるかもしれませんが、この核となる部分は変わらずに臨んでいければと思っています。

私が入社した当時、3000人規模だったリクルートも、国内だけで2万人を越えるスケールに成長しました。先に言った通り、価値の源泉を人材に置く会社である点は不変ですが、その試み、情報発信、日本の労働・生活市場に少なからぬ影響を与えるプラットフォーマーとしての社会的役割やその責任は今後も大きくなっていくと考えます

どんな社会を目指したいか、そのために何をなすべきか。皆と一緒に考え、実践していきたいですね。

ありがとうございました。最後に、就職活動に励んでいる学生にメッセージをお願いします。

就活ってすごくいい時間だよ! そう伝えたいですね。自分の進路を考えながら、会おうと思えばいろんな人に会うことができる。これって、就活生の特権だと思います。だから、不安になることもあるかもしれませんが、思いつめすぎず、会いたい人にコンタクトを取って、「自分が大事にしたいことはなんだろう」を考える時間として大切に過ごしてほしいですね。

私たちも創業以来、新卒生をすごく楽しみに、そして大事に考えてきました。それは自分たちと違う価値観や、新しい感覚を持ち込んでくれる、宝物のような存在だと考えているから。新しい風を吹き込んでくれる、そんな仲間と働ける未来が楽しみです。

思い出の写真/場面

中国版ゼクシィの創刊号(2004年秋)

仲間たちと蘇州の印刷工場に寝泊まりしながら発売までこぎつけた記念すべき創刊号。
当時の思い出と共に、今でも大切な宝物です。(柏村 美生)