人事とは、長期的なイノベーションにコミットする仕事——「ニューフロンティア制度」の生みの親・人事戦略 中村駿介

中村 駿介/株式会社リクルート 人事担当

リクルートには、社員に不断の成長を求める風土が根付く。このカルチャーを象徴する仕組みが「ニューフロンティア制度」だ。35歳以降、3年ごとに一定金額を上乗せ支給するなど、社員に対してキャリアを考える節目を提供する。*

この仕組みの導入をリードした立役者が、中村駿介だ。一環して組織開発に取り組んできた中村が、独自の理論でファーストキャリアを選択し、リクルートのIT化を推進する組織開発を手がけるまでの軌跡をたどる。
*2020年4月時点では、各事業会社によって導入状況は異なります。

PROFILE

中村 駿介

株式会社リクルート 人事担当

2006年4月にリクルート入社し、当時の人事部に配属。新卒採用に携わった後、人材開発や人事制度設計を担当。2010年よりIT人材の育成や組織開発方針の策定を担当。2012年10月の分社化を機に、現リクルートマーケティングパートナーズに転籍。以降2年半にわたりIT組織の人材育成や運営に従事。2015年4月より人事統括室・人事戦略部部長を務め、HRテクノロジーを駆使した人事戦略を牽引。現在は、Employee Experienceの向上を目的とした施策の推進なども担う。

学生時代に気づいた、就職活動が苦しくなってしまう2つの理由

まずは、リクルートへの入社を決めるまでの経緯をお伺いしたいです。就職活動をスタートしたのはいつ頃でしたか。

中村 駿介(株式会社リクルート 人事担当)

中村大学3年生の4月です。周囲で就職活動について話す人が増えてきて、影響を受けはじめたくらいでしたね(笑)。
ただ、当時真っ先に感じたのが、就職活動に苦しんでいる先輩が多いことでした。同じように苦しみたくなくて、「就活とは何か?」を徹底的に考えました。

就職活動がつらい理由……ぜひ詳しく教えていただきたいです。

中村まず、「就活とはなにか?」を考えた結果、ざっくり3つのフェーズがあると思いました。情報収集をするフェーズ、選考を受けるフェーズ、そして内々定を挟んで、学生側が企業を選ぶフェーズの三つ。

このフェーズ分けに従うと、「就職活動のゴール」は、会社を選ぶことなはず。しかし、いつしか内定をもらうことがゴールにすり替わってしまうことも少なくない。すると受け身の戦いなってしまい、就職活動そのものが苦しくなってしまうのです。

内定はあくまで、「通過点」にすぎないと。

中村おっしゃる通りです。もちろん、内定は簡単に手にできるものではありません。僕も、苦労して企業研究や選考対策に取り組んでいた記憶があります。

でも、そればかりに意識が向いていると、本来のゴールである「会社選び」にまで考えが及ばなくなってしまう。すると、自分に合った環境を十分に検討しきれないまま、入社する企業を決めざるを得なくなります。

どんなに多くの会社から内定をもらっても、最終的に入社できるのは1社だけ。だから本来は、入社する会社を選ぶことに、内定をもらうこと以上に力を注がなければいけないはずです。先輩たちが苦しんでいる原因は、会社選びがおろそかになってしまい、「どの会社に入るのか?」の判断に自信が持てなかったことにもあると思いました。

判断に自信を持つために、中村さんはどのような点に注力されたのでしょうか?

中村自分はどんな人間で、何を求めているのか。つまり、判断するための基準を知ることに注力しました。

ものごとを判断するときには、「情報」と「基準」が必要です。就職活動のとき、熱心に会社の情報を集める学生は多いですよね。一方で、判断基準を考えることがおろそかになってしまっているケースが少なくありません。闇雲に企業情報を集めているだけでは、判断基準は見つかりません。

自由度は、「初期投資額の大きさ」で決まる

中村さんご自身は、どのような基準で会社を選んでいたのでしょう?

中村「自由度の高さ」です。

とある会社のインターンシップに参加したとき、プログラムの進め方や社員さんの行動に、細かな社内調整や慎重な稟議を重視するカルチャーが透けて見えたことがありました。組織の階層が厚いのでしょう。

素晴らしい会社だったのですが、「組織の階層が厚い組織では自分は生き生きと働けないかもしれないな」と思いました。自分らしく働くために必要なポイントが分かったんです。

「自由度」は、抽象的な概念に思えます。どのように見極めていたのでしょうか?

中村僕も悩んだのですが、「自由度を左右する『構造』はなんだろう?」と考え続けた結果、気づいたんです。「新しい事業を立ち上げるときの初期投資額」が影響しているのではないか、と。

初期投資額が大きいほど、意思決定権が会社のトップ層に集中するようになる。予算額が大きいと、ピラミッド構造も生まれやすい。逆に、初期投資額が小さければ、メンバークラスにも意思決定権を渡しやすいはずです。

初期投資額が小さい企業を探した結果、リクルートが候補に?

中村大分遠回りをして、結果的にですね。実は、大型の資本を動かす大企業は、真っ先に選択肢から外していたんです。

ベンチャーも候補に挙がりましたが、実際に見に行った結果、僕が新卒で入っても活躍できない気がしました。たしかに自由度は高く、裁量権も大きい。けれどもベンチャーは、一定のスキルや人脈を持つ人が、リスクを掛け算して大きなリターンを得る場所に思えたんです。

社会人経験を積んで、何かしらの強みを持ったうえで入らないと、環境を活かしきれないと考えました。……ただ、そうやって整理していくと、日本に受けたいと思う会社がなくなってしまったんです(笑)。そうして暗礁に乗り上げかけたとき、たまたま人づてにリクルートを知りました。

もともとリクルートのことは知らなかったのですね。

中村はい。でも、詳しく調べてみると、メンバーに自由度や裁量権を与えざるを得ない構造の会社だと気がついた。売上高は大きいものの、事業の数が多く、事業内容も設備投資が最小限で済む情報ビジネスばかり。結果として、それぞれの事業に対する初期投資額が小さくなっていました。
参加したインターンシップでも、役職や階層にかかわらず、あらゆるメンバーが自由に裁量権を持って働いている印象を受けました。ここには、自由が手に入りやすい構造があると考え、入社を決めたんです。

「一人前になるまで、5年はかかる場所に来てしまった」

入社後は、どこに配属されたのでしょうか?

中村人事部です。配属先を決めるための面談で、とことん話し抜いたので、まったく不満はありません。面談の場では、生意気にも先ほどの「情報と基準を掛け合わせて判断する」という話を持ち出したんです(笑)。

「自分が一番バリューを発揮できる仕事はなにか」を判断するためには、「この会社にどんな仕事があるか」「僕がどんな人間か」という情報を、どんな人がどんな仕事で活躍するかという基準と照らし合わせる必要があります。

僕が1時間で「この会社にどんな仕事があるか」という情報と、「どんな人がどこで活躍するか」という基準を知るのは難しいので、僕から自分がどんな人間かを伝える時間とさせてください。その上で選んでいただいた場所で精一杯頑張ることを約束します——そう説明して、僕がどんな人間かをできる限りお話ししました。

人事部に配属後は、どのようなお仕事を手がけられたのですか?

中村最初の3ヶ月は新卒採用を携わらせていただいた後、人事企画に配属され、全社的な評価制度の改定に携わりました。評価制度についての課題を、メンバーから役員にまでヒアリングしながら明確化。より客観的な評価がなされ、人の成長を促進させられる制度にすべく、評価基準を細分化していきました。

1年目から、全社員に影響するであろう制度に携わっていたんですね。

中村正直、常にビビっていましたよ(笑)。毎日のように経営陣に相対し、「お前はどう思う?」と聞かれて、答えられず悔しい想いもたくさん味わいました。とにかく「次の会議ではこんな発言ができるようにしよう」と小さな目標を設定し続け、食らいつくしかなかった。

がむしゃらにアタックし続けられたのは、人事企画に着任した初日、「最低でも5年。全部の仕事で120点取るつもりで頑張ろう」と決めたからです。その日、「リクルートをどんな会社にしたい?絵を描いてみて」と言われたんです。僕は、「箱」の絵を描きました。そこに入ることで、エネルギーが溜まってその人の力が増幅し、パンっと外に出ていく……そんな「箱」です。

「箱」を変えるのは、一朝一夕では達成できません。むしろそのスタートラインに立つまでにさえ時間がかかるかもしれない。その時、「一人前になるまで、5年はかかる場所に来ちゃったな」と悟り、とにかく目の前の仕事でベストを尽くし続けようと決めましたね。

紙からネットへーー人事として”事業構造の転換”を担った、一大プロジェクト

人事企画の後のキャリアについても教えてください。

中村入社5〜6年目で、「紙からネットへ」の構造改革を進めるべく、人事制度を大幅に刷新するプロジェクトを推進しました。当時のリクルートの売上は、紙の事業が支えていた。一方でカスタマーの大部分は既にネット上でアクションしていて、ネットに移行していかなければならないことは明白でした。

ネット主体の会社に変わるためには、新しいケイパビリティや組織体制が必要になる。もちろん、変革には痛みが伴います。その痛みを乗り越えてでも、未来を見据えて変わっていく必要性を、経営会議に提案し続けました。僕は経営戦略会議の議論で使う説明資料の作成を任され、言葉の1文字1文字を吟味しながら、想いをアウトプットに落とし込んでいきましたね。

具体的には、どのような変革を提案されたのですか?

中村多方面で改革を進めましたが、特に力を入れたのは、キャリア支援金「ニューフロンティア制度」の創設です。「自身のキャリアを考える節目を提供する」という意味合いで、三年に一度、従業員に退職時の加算金を付与する制度です。

ネットビジネスという未知の領域に挑戦していくため、「リクルートは自身を変え続ける人の会社」というメッセージを伝えたかったんです。当時は、方法論が確立された紙の事業を全国に広げていくことで売上を伸ばしており、新たなチャレンジに踏み出す風潮が弱まっていましたから。

社員に、より高いレベルを求める「箱」に変えていったんですね。

中村はい。社員の人生にも大きな影響を与えることになるので、葛藤はありました。でも、明確な方針を打ち出したほうが、結果的に会社もメンバーも幸せになれると思ったんです。

改革はどのような変化を生みましたか?

中村いい形で人材の循環サイクルが早まりました。最もうまくいったのは、「ポジティブに転進する」人が増えた点です。

これは嬉しい誤算だったのですが、ニューフロンティア制度が創設されたことで、加算金をもらう年を“当たり年”と呼ぶ慣習が生まれました。マネジャーやメンバーの間に、この制度を使っての転職を「前向きな挑戦」と捉えて会話する雰囲気が生まれたんです。

中村僕自身としても、大きなプロジェクトを主体的に推進できたのは、いい経験になりました。原案の作成からリサーチ、プレゼンの準備まで、自分が作ったものへの経営陣の反応を直に見ることができましたから。1年半にわたり、隔週で役員会に起案していったこのプロジェクトは、短期的な成果が見えづらい人事だからこそ味わえる、長期的なイノベーションにコミットする仕事の醍醐味を堪能した経験になりました。

自分の価値観を仕事の場で発揮できたのも大きいです。僕が自由度を重視していたのは、メンバーにその人ならではの価値を出せるようになってもらいたいから。ニューフロンティア制度は、メンバーが最も活躍し、成長できる場に身を置いてもらうための制度。自分が大切にしている考え方が、明確なアウトプットとして実を結んだプロジェクトでした。