「データドリブンHR」とは?リクルート人事戦略担当が語る、新時代の人事のかたち

中村 駿介/株式会社リクルート 人事担当

「自分のWILLとはなにか」。あらゆる学生やビジネスパーソンが一度は通るであろうこの問いと向き合うための、明確な指針を持っている男がいる。

リクルートの人事戦略担当として、データドリブンな人事組織の構築に挑戦している中村駿介だ。中村は2006年に新卒入社した後、人事部門で社員の成長を支援する人事制度づくりに携わり、「紙からネットへ」の全社的な構造改革を下支えした。

2012年10月の分社化を機に、現リクルートマーケティングパートナーズに転籍。2年半でゼロから500人規模のIT組織を立ち上げたのち、2015年に人事戦略部部長に就任した中村は「9年かけて、自らのWILLを見つけられた」と語る。

「BE(ありたい姿)とDO(したいこと)を同時に見つけることは無茶だ」という中村が考える、WILLを発見する方法論とは?

PROFILE

中村 駿介

株式会社リクルート 人事担当

2006年4月にリクルート入社し、当時の人事部に配属。新卒採用に携わった後、人材開発や人事制度設計を担当。2010年よりIT人材の育成や組織開発方針の策定を担当。2012年10月の分社化を機に、現リクルートマーケティングパートナーズに転籍。以降2年半にわたりIT組織の人材育成や運営に従事。2015年4月より人事統括室・人事戦略部部長を務め、HRテクノロジーを駆使した人事戦略を牽引。現在は、Employee Experienceの向上を目的とした施策の推進なども担う。

IT組織をゼロから立ち上げ、2年半で500人規模に

2011年から2012年にかけて「ニューフロンティア制度」を導入し、「紙からネットへ」の構造改革を推し進めた後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか?

中村 駿介(株式会社リクルート 人事担当)

中村制度やカルチャーによってIT人材自体は増えていきました。ただ、その次には、彼らが能力を最大限に発揮してもらえる環境の整備が急務になってきたんです。そこで、組織構造と育成プロセスの改革に着手。商品部門の責任者たちに集まってもらい、IT人材活用のナレッジや成功事例をインストールしていったんです。

とはいえ、僕自身はIT人材でも何でもなかったので、予備知識はほぼありません。ただ、お世話になっていた取締役に「分からないことを分かるのが仕事だから」と言われ、徹底的にリサーチし、IT人材のインサイトを理解していきました。

それ以降、不確実性の高い世界に対して、リスクを取って自分の身を投げ込んでいくスタンスは、自分の行動原理のひとつになりましたね。

改革を経て、IT人材の活用は進みましたか?

中村一定の成果は出ていました。ただ、全体のルールや環境だけでは及ぼせる影響が間接的だ、とも思う部分もあったんです。事業サイドに入り込み、もっとスピーディーに組織を変えていきたいと考えていたところ、ちょうど分社化が実施されました。

いい機会だと思い、僕は人事制度の設計を担当していたリクルートマーケティングパートナーズ(以下、RMP)に、「IT人材の活用が遅れているので、僕に改革させてください」とプレゼン。転籍させてもらいました。

RMPでは、どんな改革を?

中村ゼロからIT組織を立ち上げ、外部の組織も吸収しながら、2年半で500人規模まで拡大させました。ただ大きくするだけではなく、フラットに意見を言いあえる、オープンなカルチャーが生まれるように気を配りました。

特に意識したのは、マネジャー陣のコミュニケーションを増やすことです。組織が拡大すれば、縦割りの事業組織と横串の機能組織が併存するマトリクス型組織に変容していきます。各部門の個別最適を避けるためにも、横のつながりが弱くならない施策には注力していました。

人事部長に抜擢。データドリブンな人事システムを構築

現在は人事戦略部に所属されています。いつ頃から今のお仕事に?

中村RMPの仕事が一段落ついた2015年です。人事戦略部長として、リクルートホールディングスに戻ることになりました。改革を推進する立場を任され、最初の1年間は、ITエンジニア向けの新しいキャリアプランを策定したりしていました。そうするうちに、コンサルティングファーム出身のメンバーが、とある課題感を口にしてくれたんです。「人事の世界で、数値的なエビデンスに基づいた意思決定がなされていない点にすごく違和感がある」と。

「それ面白いから、どんな施策が展開できるか一緒に考えよう」と、人事にITやデータサイエンスの観点をかけ合わせる、「データドリブンHR」をテーマに人事組織を構築していく方向性にシフトしました。

「データドリブンHR」の具体的な内容を教えていただけますか?

中村まずは過去のデータを統計的に集め、データをもとに意思決定できる仕組みを構築。同時に、RMPで手掛けたのと同じようなITエンジニア組織を人事部門にも小さくつくりました。

その後は、メンバーの人事データを活用した、新入社員の配属最適化システムを開発。新入社員のデータと受け入れ部署の社員のデータを掛け合わせて、新入社員の立ち上がりがスムーズになりやすいメンターや指導の仕方を提案します。

たとえば、上司がメンバーを育成するときに「まずはトライさせる人」か「まずはしっかりと教える人」かどうかで、育成プロセスや相性の良い新入社員は大きく変わりますよね。そうした特性を踏まえ、最適なマッチングを実現してくれるシステムを構築しました。

かなりシステマティックに配属先を決められているんですね。

中村データ活用というと、システムに一方的に決められてしまうイメージを持たれやすいですが、実際は新入社員や採用担当の想い、現場の意向も柔軟に盛り込んでいます。データから見て最適なマッチング案を出し、そのうえで新入社員の入社動機や得意不得意に基づいて配置案を変えていく。そして、個性のマッチング状態も再チェックしていくイメージです。

配属後も最初の1年間は、週に一度、いくつかの質問に答えてもらい、オンボーディングの状況をウォッチするようにしています。マネジャーの下にメンバーが従属するのではなく、組織にいるメンバーが対等にフィードバックしあいながら良い組織をつくりあげられるように、システムやデータの面からサポートしているんです。

小さなBEを追究していると、DOも湧き上がってくる

中村さんは入社から14年間、一貫して人事領域でキャリアを築かれてきました。その根底には、どのようなモチベーションがあるのでしょうか?

中村実は、9年目になるまで、自分が何をしたいのかは分からなかったんです。でも、ふたつ転機があって、自分がどんなことを心から求めていて、何がエネルギーになるのかが、よく理解できるようになりました。

ひとつは、マインドフルネスとの出会い。ちょうど概念が日本に入ってきはじめた2015年頃、ご縁があり、組織長向け研修として約1ヶ月のトレーニングを受ける機会をいただけたんです。頭で「考える」だけではなく、物事を「感じる」力を高めることで、バランスの取れた認識力を養うトレーニングなんだと思いました。

トレーニングのなかで、パッと出されたテーマに関して、思い浮かんだ言葉を4分間書き続ける「ジャーナリング」というプログラムがあります。「あなたが仕事で大切にしていること」というテーマが出たのですが、僕はひたすら「自由自由自由……」と書いていました。「気持ち悪!」と思いましたが(笑)、やっぱり自分にとって「自由」は心から大切なキーワードなんだなと、身体レベルで深く感じて、理解できた感覚があり、その後の意思決定の指針となりました。

もうひとつの転機はなんでしょう?

中村入社数年後から、次世代の経営人材を育成する研修に参加したときです。与えられたお題に沿ってプレゼンし、経営陣に本気でフィードバックされる機会が毎年ありました。

入社9年目の年は、「自分はいつ、どんな経営者になりたいのか」がお題でした。想いのままにスピーチして、悪くない評価ももらったのですが、当時の役員に「すごく良いスピーチだったけど、人事しかやってない君が社長をやってるイメージが湧かない」と言われました。

そのとき、頭の半分でムッとした一方で、「たしかに、僕が目指しているのは社長ではないのかもしれない」と思いました。僕の定義では、経営者とは、個人として社会課題の解決に向き合うと決めた人間のこと。僕が解きたい課題は、あくまでも「まだ見ぬ良い組織をつくって、メンバーが個性を最大限に発揮して価値を出せるようにすること」だと気がついたんです。僕は組織開発にクリエイティビティを感じていて、社長になりたいわけではないのだなと。

「自由」と「組織開発」、ふたつの軸に気づかれたんですね。

中村「自由に、新しいものを自分の手で生み出し続けていたい」という“BE(ありたい姿)”と、「面白くて、人を幸せにして、パフォーマンスを高める組織を作って、世の中に貢献したい」という“DO(やりたいこと)”が揃い、“WILL”が明確になったんです。

一足飛びにWILLを見つけるのは、とても難しい。でも、BEとDOに分けて、小さなBEを実現するために行動することなら可能なはず。そうして小さな成功体験を積み重ねていくことで、内発的にDOも見つかっていきます。僕は9年目に、BEとDOが高い解像度で湧き上がり、WILLが明確になりました。

60年前から「個の尊重」を掲げていたリクルート

中村さんの、今後のキャリア展望を教えて下さい。

中村誤解を恐れずに言えば、具体的に成し遂げたいことは特にありません。先ほどお話しした「BE」と「DO」にしたがって、その時々に最も大切だと感じたことを、見返りを求めずに全力でやるだけです。

「組織」はどこにでもあります。官公庁でもNPOでも小さな企業でも、人間が2人以上集まれば、組織が生まれる。従属が前提の上下関係ではなく、お互いに信頼しあえる横の関係で動く組織をできるだけ増やすことが、僕のミッション。

一人ひとり異なる個性を活かす形で、スムーズに価値を発揮できる社会へと変革していきたいです。

転職や起業などをせずに、リクルートで仕事を続けているのはなぜですか?

中村シンプルに、自分のBEとDOを満たせる文化がある組織だからです。だからこそ、より多くの人が幸せに働けるようにしていきたいと思っているんです。

リクルートは、60年前から大切にする価値観として「個の尊重」を掲げているんですよ。高度経済成長期の真っ只中だった当時、他にそんな会社はなかったはず。それほど「やりたいことをやる」ことを大切にしている会社ですし、僕も尊重してもらってきた。その環境をみなが存分に生かせるようにするのが、自分自身にとってもやりたいことなんです。