入社1年目に知りたかった、キャリアを“相対化”する視点——NewsPicks 野村高文・リクルート 塩見直輔

近年、市場価値を高めるキャリアとして、「かけ算」というキーワードが雑誌・ビジネス書籍等に散見されるようになった。複数の専門領域を持ち、それを掛け合わせることが、“希少度”の高い人材になる方法としてさまざまな文脈で取り上げられている。

しかし現代は、ビジネス環境の変化が激しい時代。時間を投下して培ったスキルが、瞬く間に陳腐化してしまう可能性が往々にしてある。また、かけ算の土台となるファーストキャリアの選択方法にも、必勝法はない。

「正解がない」とも言われる時代に、私たちはどのようにしてキャリアパスを描いていけばいいのだろうか。

本企画では、異業種転職によってキャリアを築いてきた“かけ算”の第一人者たちにインタビューを実施。株式会社ニューズピックスの野村高文氏、株式会社リクルートの塩見直輔に話を伺った。

非ITからIT業界へと鞍替えをし、領域を定めず活躍するお二人に、キャリアのかけ算の意義と、若者が持つべきキャリア構築の指針について考察していただいた。

PROFILE

野村 高文

NewsPicksアカデミア マネージャー

1987年愛知県生まれ。東京大学文学部卒業後、PHP研究所入社。論壇誌の編集等に関わる。ボストン コンサルティング グループを経て、2015年7月よりNewsPicks編集部。2017年4月、NewsPicksアカデミアの立ち上げとともにプロジェクトマネージャー(のちマネージャー)に就任。事業運営、コンテンツ企画、モデレーター、コミュニティマネージャーなどあらゆる役割を担い、アカデミアの成長を牽引した。

塩見 直輔

株式会社リクルート 執行役員

1980年生まれ。岡山県岡山市出身。出版社の編集職から、2007年に株式会社リクルートに中途入社。「リクナビNEXT」「タウンワーク」「SUUMO」「ゼクシィnet」「じゃらん.net」など、リクルートグループの国内メディア&ソリューション事業のマーケティングとプロダクトデザインを統括する。

“当事者”にならずして、ビジネスを推進することはできない

お二人とも、非IT業界からの異業種転職を経て、現在のキャリアに至ったとお伺いしています。まずは、現在取り組まれている具体的な業務内容についてお聞かせください。

塩見 直輔(株式会社リクルート 執行役員)

塩見大きく3つの役職があります。1つ目は株式会社リクルートの執行役員として、全社のマーケティング責任者をしています。また、そのうち一部事業会社においても執行役員を担っており、経営だけでなく現場で指揮を取ることもしています。

2つ目は、これも株式会社リクルートの機能会社であるリクルートテクノロジーズの役員です。同社はリクルートが運営するほとんど全ての国内事業の開発を担っており、そこでUI・UXの責任者をしています。

3つ目は、自ら新規事業として立ち上げた国内最大級のインテリアポータルサイト「TABROOM(タブルーム)」のコンテンツ編集者です。総括すると、「領域を定めず、なんでもやっている」形になります。

野村 高文(NewsPicksアカデミア マネージャー)

野村第一線の実践者によるMOOC(オンライン講義)やイベント、ゼミ、書籍、記事を通じて、最先端の実学を提供する「NewsPicksアカデミア」のマネージャー・編集長を務めています。

マネージャーとして、会員獲得に向けた施策を実行することがビジネスサイドの仕事。編集長として、提供するコンテンツの質を追い求めることがコンテンツサイドの仕事です。

複数の肩書を持ち、異なる領域を行き来しながら業務に従事されているのですね。現在のキャリアに至るまで、どのような経歴をたどられてきたのでしょうか。

塩見ファーストキャリアは紙媒体の編集者です。学生時代はインテリア誌かファッション誌の編集長になりたいと思っていて、編集者としてのスキルを身に付けようと出版社に入社しています。当時は、インターネットを扱う雑誌の編集を担当していました。

ただ働き始めて間もなく、取材対象であるインターネットが急速に普及していく様を間近で見たことで、転職を決意しました。「紙ではできないことがウェブの世界ではできるのではないか」と興味を惹かれ、選んだ会社がリクルートです。ただ、会社自体へのこだわりは強くなく、「給料が高くて、辞めやすそうな会社」というのも大きかったですね(笑)

野村私も塩見さんと同様、ファーストキャリアは編集者です。編集者は、自分のレベルを超えた“識者”に会える仕事。特に不満なく、むしろ楽しんで働くことができていました。

しかし、仕事の楽しさとは裏腹に、出版業界は急速にシュリンク。“前年比90%”といった状態が当たり前になり、「このままでは、キャリアが頭打ちになるのではないか」という不安を抱えるようになりました。「ビジネスをより深く知る必要がある。コンテンツをつくれるだけでは、生き残れない」と思ったのです。

そこで「ビジネスの理解が深まるのはコンサルだろう」と考え、転職活動を行いました。最終的にボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に内定をいただきましたが、そのほかは面接に進む以前で落ちています。今振り返れば、自分でも「あまりに短絡的な考え方だったな」と思います。

商社出身であったり、それこそリクルートさんの出身なら分かりますが、「紙媒体の編集経験しかない20代後半」が応募してきても、普通は面接の前で落とすはず。BCGはとことん、度量の大きい会社だったなと思います(笑)。

お二人とも、現在の職業とは全く畑違いのお仕事をされていたのですね。事業サイドへと異業種転職されたことは、お二人のキャリアにとってどのような意味があったのでしょうか。

塩見コンテンツサイドの人間も、事業サイドの人間も、「双方に求められる能力は、高度になればなるほど通底している」と知れたことですね。

たとえば、数字が取れる編集者は、事業サイドの人とほぼ同じ仕事をしている。彼らはただ面白いコンテンツをつくるだけでなく、「読み手が何を欲しているのか」を考え抜き、「どのような形式で届けるのがベストなのか」というプロセス設計まで行います。マーケティングやUXデザインの観点があるからこそ、優れた企画になる。その思考回路は、第一線で活躍する事業サイドの人と、同じです。

どんな仕事をするにしても、大切なことは変わりません。「誰のどのような課題を解決するのか」という、ビジネスに求められる本質的な価値を感覚的に掴めるようになりました。

野村自分がいわゆる“ビジネスパーソン”を経験したことで、「顧客が本当に欲しがっているもの」を当事者として考えられるようになりました。“ビジネスの現場”を知らずに編集者を続けていたら、少なくとも私は、世の中のニーズに対する解像度が、今よりも段違いに低かったと思います

キャリアのかけ算は“積の総量”で考える

異業種転職を経験したことで、業務の幅が広がったということですね。近頃「異なる領域での経験をかけ算し、市場価値の高い人材になろう」といったキャリア論を耳にします。お二人はその体現者でいらっしゃいますが、これから社会に出る学生や若い人材にも、そうしたキャリアを推奨しますか?

野村「キャリアのかけ算が役に立つ」のは間違いないと思います。ただ、かけ算の仕方には注意すべき。闇雲に「色々やってみましょう」という言説は否定派です。

塩見かけ算ですから、「1」未満の数字を掛け合わせても積は小さくなっていく。つまり、未熟な状態でかけ算をしても、価値が下がっていく一方です。また、「2 × 2 × 2」をするくらいなら、「5 × 5」をした方が、積の総量が大きくなりますよね。中途半端なかけ算をするくらいなら、まずは土台となる基礎力を高めることに注力した方がいいでしょう。

くわえて、一度高い山の登り方を覚えると、違う山も高く登れるようになります。異業種転職しても、キャリアを深める方法を会得できていれば、成長が早い。しかし、中途半端にしか山を登ったことがない人は、高みを目指すのが難しくなる。市場価値の向上を目的としたキャリアのかけ算をする上では、積の総量で考えることを忘れてはいけません。

野村かけ算することばかりにフォーカスし、本業が疎かになってしまうのは本末転倒です。私は20台後半で初めての転職をしていますが、少なくとも今のところ、その選択が遅かったとは思っていません。焦る必要は全くなく、「これができます」という名刺代わりの能力を一つ身につけることに、時間と労力を注ぐことが最適解だと思います。

能力が「1」に到達しているか、「2」ではなく「5」に至っているかは、どのような尺度で判断すればよいのでしょうか。

野村何か分かりやすい判断基準を置くとするなら、「0.1」から「1」へと能力値が高まっているか否かは、周囲の反応によって見分けられると思います。手取り足取り教えてもらっていたのが、「やっておいてね」と任せてもらえるようになれば、明確に「1」たり得る能力が身についていると言えるでしょう。

一般的に優れているとされる能力値を「5」と仮定した場合、その水準を超えているかどうかは、「外から声がかかるか」で判断できると思います。外から声がかかるということは、「彼はこんなことができる」と世の中から認知されているということです。言い換えれば、頭一つ抜けているともいえる。キャリアのかけ算が効果を発揮し始めるのは、それ以降のタイミングだと思います。

塩見尺度は一様ではないことにも注意したいですね。“市場価値”と表現するくらいですから、尺度は時代によって変化します。たとえば、20年前は英語が堪能なだけで高い給与を稼ぐことができたかもしれませんが、今となっては普通のことですよね。

また、自己評価と他者評価に乖離が生まれてしまうと、キャリアのかけ算に失敗するリスクが高まります。これまた“市場価値”と表現するくらいですから、重要なのは他者評価。自己評価ではなく他者評価を正しく把握することが重要です。

ただし、間違った他者評価がされることも起こり得るので、こちらも注意が必要です。(とある成績優秀な人がいたとして、その道のプロに評価させれば「(ポテンシャルからすると)まだまだ」だったとしても、専門外の人が評価すると、「とても能力が高い」とコメントされることもある。後者は自己認識が甘くなりがちなので、伸び代があるにも関わらず、成長機会を失ってしまうかもしれないのです。

こうした不幸な事例をつくらないためにも、僕はなるべく自分を相対化しやすい環境に身を置くことを推奨しています。ファーストキャリアはなおさらです。小さな組織や多様性のない環境で自己評価をしないクセを持つべきだと思います。

ファーストキャリアは“背伸びする会社”を狙え

キャリアのかけ算を意識しなくとも、自己を相対化できる環境選びが大事だということですね。より具体的に表現するとしたら、ファーストキャリアはどのような企業を選ぶべきだと思いますか。

塩見一言で表現するなら「伸び盛りの会社」ですね。100人在籍していて100人分の仕事をするのではなく、早く採用をして105人分の仕事をしようとする会社には、ストレッチできる環境があります。組織そのものに成長余地があると、在籍している人にも成長余地が生まれます。

野村タモリさんの発言とされる言葉で「仕事は面白いもので、自分が望むタイミングよりも早い段階で、実力以上の仕事がやってくる。それはチャンスだから、ひるんではいけない」というものがあります。私はその考え方がすごく好きで。

塩見さんがおっしゃる「100人在籍していて105人分の仕事をしようとする会社」はつまり、常に実力以上の仕事と対峙できる環境だと思うのです。大変でも、苦労しながら仕事を遂行することで、実力がつく。その繰り返しができるのは、ファーストキャリアとして理想の会社だと思います。

野村私はこうした環境を「創設初年度の楽天イーグルス」と表現しています。失礼を承知でいえば、当時の楽天は、他球団を自由契約になった選手や無償トレードによってやってきた選手が中心。チームとしてのまとまりもなく、結果はボロボロでした。

しかし数年のうちに、他球団でクビを言い渡された選手が楽天でホームラン王を獲得したり、球界を代表するエースも輩出されています。つまり、「お前はちょっと打球が飛ぶから4番」「ストレートが速くて落ちる球を持っているからクローザー」のように、実力以上の機会を与えられたことで、他球団ではできない成長を果たした選手が多いのではないかと思うのです。

ビジネスパーソンにも全く同じことが言えます。必死に帳尻を合わせていく過程で、役割に実力が寄っていくのです。

塩見個人的には、そうしたストレッチ環境がある上で、規模の大きな会社に入社できるのが理想だと思っています。仲間が多ければ能力の差異を感じたり、多様な価値観に触れたりする機会が単純に多い。自分を相対化しやすく、なおかつ成長機会に溢れた会社に巡り会えるかが、キャリアの重要な分岐点になるのではないでしょうか。

野村私もある程度規模の大きな会社を選ぶことに賛成です。やや先ほどの話と矛盾するように感じるかもしれませんが、社会人の1〜3年目は、フォームを身につける重要な期間です。打席が用意されていて、かつ正しいスイングを身に付けられたら、ビジネスパーソンとして大きく成長できると思います。

記事を読んでいる若い世代が、先々を見据えたキャリア選択をする意味でも、お二人が今後どのようなキャリアパスを描いているかお伺いさせてください。

塩見日本のビジネスの古臭くなってしまった部分をITの力で変えていくことに興味があります。僕はたまたまリクルートという会社にいて、営業と紙編集の企業がIT企業へと変化していく様を当事者として見てきました。
もともと「すぐ辞めよう」と思っていた会社ですが、ここで得た知見をもう少し広い範囲に還元することで、これまでとは一つ桁の違う挑戦をしていければいいなと思っています。
それが、黎明期から日本のインターネットビジネスにかかわってきた世代としては、一番世の中に貢献できて楽しい仕事かなと思っています。

野村「社会にとって大切なことを、分かりやすく伝える」ことが私の使命です。
日本は世界的に見て、プレゼンスが低下する一方です。ただ、その事実に気づいていない人がたくさんいます。
国民全員が日本のためにあくせく働く必要はないと思いますが、その現状を認識したことで豊かになれる人はたくさんいるはず。そうした知るべき事実を、社会全体に浸透させる仕事をしていきたいと考えています。