エンジニアが「開発だけやればいい」時代は終わった。Takramとリクルートが“越境人材”の育成に取り組む理由——田川欣哉・小川健太郎

破壊的変化が定常的に起こるビジネスシーンにおいて、もはや「安定的」な職業は存在しない。

ITビジネスの未来を担う若手人材が、変化の担い手になるためのスキルセットとは何か。また、そうした人材が非連続な成長を遂げるための組織とは、どのようなものか。

かねてより、破壊的変化を生き抜く人材の要件定義「BTC(ビジネス、テクノロジー、クリエイティビティ)」を提唱してきた、Takram代表・田川欣哉氏は、自著『イノベーション・スキルセット』で、“越境”への強い意識を持つことこそが重要だと説いている。

リクルートライフスタイルの小川健太郎は、2012年の入社以来、IT人材の発掘・育成に注力してきた人物である。「エンジニアはただコードを書いていればいいわけではない」という方針のもと、開発組織がテクノロジー領域のみならず、ビジネス領域へと越境する牽引者となった。

対談の前編となる本記事では、分野越境型の組織開発の重要性と、その軌跡、お二人が考えるファーストキャリアの選び方について話を伺った。

PROFILE

田川欣哉

Takram代表取締役

Takram代表取締役。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。東京大学工学部卒業、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e‐Palette Concept」のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピング、Sansan「Eight」の立ち上げ、メルカリのデザインアドバイザリなど。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった経験を持つ。その他グッドデザイン賞金賞、iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞歴多数。

小川健太郎

株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 プロダクトディベロップメントユニット ユニット長

新卒で受託開発企業に入社し、カスタマーサポートからキャリアをスタート。プログラマ・SEを経験後、2012年リクルートに転職。ライフスタイル領域の新規事業開発エンジニアとして従事し、スマートデバイス横断領域や『ホットペッパービューティー』開発マネジャー、ディビジョンチーフエンジニアを歴任。2019年よりグループ3社を兼務し(リクルートライフスタイル・プロダクトディベロップメントユニット ユニット長、リクルート・ディビジョンディレクター、リクルートテクノロジーズ・執行役員)、エンジニア組織開発に従事。

変化を恐れると、死滅する。
イノベーションには「分野越境」が不可欠

田川さんはご著書『イノベーションスキルセット』で、ビジネスとテクノロジー、そしてデザインの3つの領域を股にかける“越境”の重要性を説かれていました。まずは、その理由をお伺いさせてください。

田川欣哉 (Takram代表取締役)

田川越境しなければ、イノベーションを生めないからです。
ビジネス環境の変化が激しい現代においては、一つひとつの専門領域では太刀打ちできないような、複雑化した課題が散在しています。こうした複雑な課題を解くためには、従来の経営にみられる要素分解的なアプローチではなく、分野越境型の総力戦が必要です。

たとえば料理をつくるときに「僕は人参を切る人です」とはなりませんよね。当たり前ですが、人参を切る能力だけでは、料理は作れません。しかし、産業界を見渡してみると、効率化を求めるあまりに、過度な分業化が進んでいます。その結果、複雑な課題を解ける人材が少なくなってしまっているというのが、今日の状況なのではないでしょうか。

僕が言う「越境」とは、簡単に表現すれば、「人参を切る人ではなく、料理を作る人になろう」という提案です。組織単位、個人単位で、越境することが求められていると感じます。

リクルートライフスタイルで開発組織のユニット長を務める小川さんも、エンジニアにビジネスサイドの理解を求めていると伺っています。田川さんと同様に、越境の重要性を感じているのでしょうか?

小川健太郎 (株式会社リクルートライフスタイル)

小川そうですね。特にエンジニアは、ビジネスサイドへの理解を持つことが重要です。
ITプロダクトのビジネスを動かすのは、企画者、開発者、運用者など多岐にわたります。ビジネスの成長を担うのは企画者ですが、開発者もそこに貢献できるはず。そもそもどういったビジネスモデルなのか、またどのようなユーザーを想定しているのかを理解していれば、開発の時点で工夫ができますから。

サービスの継続的な成長を描ける開発者は貴重ですし、開発の時点で今後起こりうるトラブルを予想できれば、未来の借金を減らすこともできる。メンバーには常々、開発だけに目が向かないようアドバイスをしていますね。

田川エッジ・エフェクト」の話が分かりやすいかもしれません。エッジとは、AとBという環境があったときに、その境目にあたる部分のこと。生物学的にでいえば、海と陸の間です。

海にはえら呼吸の生物がいて、陸には肺呼吸の生物がいます。その間には両生類が存在しています。居心地のいい海から飛び出し、一度生きづらい環境を挟んででも陸に挑戦した両生類は、陸の生物の進化に大きな影響を及ぼしました

この話から何が分かるかというと、世の中の進化のためには必ず越境が必要ということです。ビジネスも同様に、今は居心地がいい“海”で事業をつくっていたとしても、その後急速な環境変化が起きた場合、すぐに死滅してしまいます。しかし、リスクを冒してでもエッジを目指していたら、海と陸の双方で生きられていたかもしれません。

想像を超える成長曲線は、越境によって描かれる

リクルートは、紙媒体からウェブ媒体へと主たるビジネスモデルを転換した過去があり、「エッジ・エフェクト」を体現していると思います。小川さんが率いる開発組織でも、そうしたエピソードはありますか?

小川かつては開発組織をもっていなかったリクルートが、開発組織を構築したエピソードが近いかもしれません。

私の入社当初は数えるほどしかエンジニアはおらず、「社員エンジニアは管理ができればいい」という方針でした。
その後、開発組織が急拡大し、さまざまな考え方をするエンジニアが入ってきたところで、変化がありました。組織のビジョンが不明瞭だったので、「社員エンジニアの価値」が見えなくなっていき、組織コンディションがどんどん低下していったんです。

そこで僕は、社員エンジニアを構える意味とはなんだろうというところから考え、最終的に「売上最大化」あるいは「利益最大化」をさせること、事業の成長に負けないように技術的な成長をさせることではないか、と結論づけました。

テクノロジーからビジネスへの越境を意識し始めたのは、その頃ですね。「開発も、ビジネスも、全部含めて自分たちの仕事だ」とスコープを広げてあげることで、開発組織のスタンスを改革したんです。

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「開発が主務の人がいてもいいし、管理が主務の人がいてもいいし、両方やる人がいてもいい」という共通認識を持った上で、「開発組織としてビジネスに貢献します」というスタンスを持つようにしたんです。今では、全体視点で価値を最大化するための組織設計と制度づくりを行ったことで、強い開発組織をつくることができています。

田川リクルートのエンジニアは、事業部に所属しているんですか?それとも開発組織に所属し、ジョブ単位で事業部にアサインされているのでしょうか。

小川後者です。ただ弊害もあり、事業への当事者意識が育ちにくくなってしまうケースがあります。なので、開発か事業のどちらかに軸足を置き、「兼務」してもらう形式を取っています。「両方が仕事だよ」と意識づけをしているのです。

田川マネジメント体制は、開発組織にはピープルマネジメントを担当する人がいて、事業サイドにはプロダクトマネジメントを担当する人がいる?

小川いえ、マネジャーも、開発組織と事業部双方のマネジメントを兼務します。開発視点と事業視点を持っていないといけないので負担は増えますが、能力を拡大するためには、乗り越えなければいけない壁です。マネジャーだからといって、「どちらか一方をやっていればいい」とはなりません。

僕も領域を「越境」して、新規事業立案と開発を並行して行なっていた時期がありますが、過去のキャリアを振り返っても、成長曲線が急勾配のカーブを描いていたと思います。

今ファーストキャリアを選ぶなら、
ビジネスを“鳥瞰できる環境”にこだわる

お二人とも、越境することの重要性をビジネスの現場で感じてこられたのですね。これまでのお話を踏まえ、現在ファーストキャリアを決める年齢にあったとしたら、どのような企業を就職先に選びますか?

田川スタートアップを起業するか、スタートアップに就職するかの二択なのかなと思います。なぜかというと、スタートアップは人も足りないし、大企業に比べれば、ないないづくしです。そのような環境に身を置くと、自分でやれることは何でもやるというメンタリティが身につきます。ビジネスのバリューチェーン全体を知る経験にもなる。そんな体験をなるべく早い段階で積みたいです。

スタートアップでなくても、スモールビジネスでもいいかもしれないですね。小ぶりでもよいから、ビジネスのリアリティを掴める経験を求めにいくと思います。

小川僕も田川さんと同じで、「全体を知る」経験を求めると思います。

僕のファーストキャリアは受託開発をおこなうソフトハウスだったので、開発者しか在籍していませんでした。なので、プランナーがどのような仕事をしているのか、ユーザーはどのような人なのかを知る経験が積めなかった。キャリアにおける、一つの後悔です。

また学生の皆さんには、自分よりも優秀な人がゴロゴロいる環境を目指すべきだとお伝えしたいです。企業規模は問いませんが、優柔な人材たちと切磋琢磨し、彼らのエッセンスを吸収できる環境がファーストキャリアに最適です。

そうした観点で考えると、リクルートも候補の一つに挙がるのではと思います。全体を知ることができ、かつ風通しが良い環境なので。もし僕が、これからリクルートに入社する学生だったとしたら、入社後に会社を使い倒して成長し、満足したら辞めると思います(笑)