なぜ今、リクルートがデザイン組織の構築に“再挑戦”するのか?—— Goodpatch 土屋尚史・リクルート 磯貝直紀

2018年に経済産業省が「『デザイン経営』宣言」を発表。IT企業を中心にデザイン領域を管掌する経営層を設置する動きが強まるなど、「デザインは企業の産業競争⼒の向上に資するものである」という認識が強まっている。デザイナーの需要や価値認知が高まるにつれ、今度はデザイン組織の構築にも目が向けられるようになってきている。

こうしたトレンドの中で各社ともデザイン組織の構築を模索する中、デザイン会社として100名を超えるデザイナーを組織化しているGoodpatchの土屋尚史氏は「経営層がデザインの価値を認識し、組織を構築しなければいけない。そうでなければ、デザインの持つ価値を発揮することはできない」と語る。

ハードウェアから、ソフトウェア中心の産業へと移行する中で、デザインがもたらす価値とは。そして組織化にむけ乗り越えるべき壁とは。

本記事では、創業当初から経営レベルでデザインの重要性を強く意識していたリクルートにおいて、改めて今の時代の「経営とデザインの融合」を目指しデザインマネジメント組織を率いる磯貝直紀と、土屋氏との対談をセット。デザインに注目が集まる背景から、現代に求められる“デザイン組織のありかた”まで、お話を伺った。

PROFILE

土屋 尚史

株式会社グッドパッチ 代表取締役社長/CEO

サンフランシスコに渡り海外進出支援などを経験した後、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。海外拠点として、ベルリン、ミュンヘンにオフィスを展開している。スタートアップから大手企業まで数々の企業をデザインの力で支援し、自社開発のプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務め、2018年にはデザイナーのキャリア支援サービス「ReDesigner」、2019年にはデザイナーを目指す学生向けの就職活動支援サービス「ReDesigner for Student」を正式発表し、デザイナーの価値向上を目指す。


磯貝 直紀

株式会社リクルートテクノロジーズ デザインマネジメントグループ グループマネジャー

京都工芸繊維大学大学院修了。学生時代は建築からグラフィック、プロダクト、インターフェース、UXまでを幅広く学ぶ。卒業後は、プロダクトデザイン系のデザインファームで領域を横断したデザイン業務を担当。その後2015年にリクルートへ入社し、「受験サプリ(現スタディサプリ)」のプロダクトオーナーや「リクナビNEXT」のラインマネジャーなどを経験。現在は、リクルート全社におけるデザイン価値のベースアップを目的とした横断組織の立ち上げに、グループマネジャーとして心血を注ぐ。

いま経営に「デザイン」が求められる理由

経営におけるデザインの重要性が、日に日に高まっている印象があります。この潮流は、どのようにして生まれているのでしょうか。

土屋 尚史(株式会社グッドパッチ 代表取締役社長/CEO)

土屋スマートフォンが人々の生活に入り込むデジタルデバイスになったことが、起点になっています。電車の中でも、食事中でも、日常のありとあらゆる体験をスマートフォンで行う時代になり、デザインの視点なくしてサービスを差別化することができなくなったのです。

というのも、スマートフォンアプリの大半は無料で使え、同じような機能を持つものも少なくありません。すると、使いやすさ(=UX)がユーザーに選ばれる要因として重視されるようになったのです。スマホアプリ市場が成熟するにつれ、その傾向はますます顕著になりました。これが、デザインへの注目度が高まった「第一段階」。2011年〜2013年頃だったと記憶しています。

UXの概念が浸透し、サービスの使いやすさに企業が注力するようになると、今度はサービスを利用するまでの過程をデザインする重要性が叫ばれるようになりました。つまり、サービスへの共感や、その背景にあるストーリーまで設計しなければ、顧客に選ばれない時代がやってきたのです。これが、デザインの重要性が高まる「第二段階」です。

すると、差別化の難易度が飛躍的に上がり、より本質的にデザインを理解する必要性が生まれました。そうした時代の変遷により、デザインを起点とする事業戦略にリソースが投下され始めたわけです。2018年に経済産業省が「『デザイン経営』宣言」を発表するなど、この潮流がつまり、経営におけるデザインの重要性が高まっていることと近似していると考えています。

磯貝サンフランシスコに拠点を置くデザイナー・Jesse James Garrett氏は、自著『Elements of User Experience』の中で、“UXの5段階モデル”を提唱しました。UXはSurface(表層)、Skelton(骨格)、Structure(構造)、Scope(要件)、Strategy(戦略)の5段階に分かれており、それぞれにアプローチすることで、優れたユーザー体験が実現するというものです。

〈引用〉Goodpatch Blog「UXデザインにおける5段階モデルとは?」

土屋さんがおっしゃった「第一段階」は、企業が“UXの5段階モデル”のファーストステップであるSurface、つまり表層に着手し始めた時期でした。しかし、モバイルデバイスが普及した昨今、表層だけへのアプローチでは足りません。デザインによる差別化が企業の業績に与える影響が日に日に大きくなっており、より深いレイヤーまで入り込み、戦略に携わる経営との関係構築も不可欠になってきています。

「デザイン経営」や「デザイン組織」といった言葉をよく耳にするようになった背景には、スマートフォンの登場が関係していたんですね。

土屋マーケットの要請に応じ、デザインの価値が押し上げられてきたのです。次第にデザイナーを雇用したいというニーズも増え、続いて「どう組織化していくか」が課題になりました。

デザイナーの役割は「意味をつくりだす」こと

経営におけるデザインの重要性が増していくなかで、いま求められているデザイン組織とは、どのようなものなのでしょうか?

磯貝 直紀(株式会社リクルートテクノロジーズ デザインマネジメントグループ グループマネジャー)

磯貝リクルートでは、デザイン機能を持ちながら、事業の根幹に携わる「ハイブリッドな組織」だと定義しています。

昨今デザイン組織の組成がトレンドになっていますが、実態として、ただの「社内下請け」になってしまっているケースも少なくない。ただ、企業内にデザイン組織を設置しても、独立してデザイン業務を行なっているだけでは、経営とデザインを接続することは難しいと思っています。

土屋おっしゃる通りですね。「社内下請け」的な立ち位置になってしまう背景には、これまでデザイナーに求められる役割が、「ビジュアルデザインのクオリティだけ」だったことが挙げられます。

インターネットの普及以前、つまりハードウェア中心の時代は、素晴らしいアウトプットを一発でつくることが求められてきました。

土屋ただ時代は変わり、ハードウェアからソフトウェア中心に。ソフトウェアはハードウェアとは違い、「使い続けてもらう」ことが重要です。感情に訴えかけるなど、表層ではなく本質的なデザインへの理解が必要になってくる。つまり、デザイナーに求められる能力も変わってきているのです。

磯貝さんがおっしゃるように、「ハイブリットな組織」が求められている。それを組成するには、経営層がデザインへの理解を深めることがとにかく重要です。また、デザイナーが経営を理解することも欠かせません。だからこそ、接続点として「経営層にデザイナーを登用すべきだ」という議論が起きているのだと思います。

経営にデザインの視点を持ち込み、事業がスケールした事例はあるのでしょうか?

土屋Microsoft社を挙げます。現CEOのサティア・ナデラ氏は、社内に“停滞感”が広がっていた2014年にCEOに就任。現在までに時価総額を当時のおよそ4倍に成長させました。彼が最初に行ったのは「企業文化の再構築」です。短期的な売上を追うのではなく、Microsoftの存在意義を定義し直すことで、経営を再建しています。

Microsoftは偉大な企業ですが、過去にAppleやGoogleといった同業社に時価総額で劣ったことで、社員の会社に対するエンゲージメントが下がっていた時期がありました。しかしナデラが「企業文化の再構築」を起点に会社を変革したところ、社員が会社を誇るようになったそう。結果的に、時価総額世界一を奪還したのです。

彼はCEOの役割を「文化のキュレーター(Curator of Culture)」と表現しました。カルチャーの変革は、「意味をつくりだす」デザイナーの役割。ナデラはまさに、デザインによって会社を復活させたのです。

デザイン経営の先駆け・リクルートの再挑戦

リクルートは現在、全社横断のデザイン組織を構築し、デザイン経営の推進に踏み出しているとお伺いしています。立ち上げを率いる磯貝さんは、どのような背景から、組織構築に従事されてきたのでしょうか。

磯貝僕がリクルートに入社した時点では、デザイン組織といわれるものは存在しませんでした。ただ、リクルートは創業当初からデザイン経営を謳う組織だったんです。

フジテレビジョンの旧シンボルマークや日本電信電話(NTT)のマーク、1964年の東京オリンピックのポスター等を手掛け、「デザイン界の天皇」と呼ばれた亀倉雄策さんが取締役に参画していました。また、以前は「クリエイティブセンター」という、リクルートが提供する全てのサービスのクリエイティブを管轄する部署が存在しました。

しかし、分社化・デジタル化によって、デザインをコントロールする組織の管轄範囲が減少し、事業と切り離されてしまったのです。結果的に、クオリティ面で弊害が発生してしまっていました。そこで、全社におけるデザインの価値をベースアップしていくために、横断組織を立ち上げたのです。

土屋全社横断組織の立ち上げは、トップの意思決定で発足したんですか?それとも、ボトムアップで提案されたのでしょうか?

磯貝ボトムアップです。そもそもリクルートは主体的に動く人の背中を押す風土があるので、横断組織の立ち上げに関しても、立ち上げを行う僕らの主体性を、組織全体が尊重する形でスタートしています。

「デザインは経営において欠かせない価値だ」というマインドセットを、組織全体に浸透させることが僕の使命だと思っています。まずは、デザインの価値を全社の事業組織に認識させ、それが実現できた時点で、デザイン組織をより上段のレイヤーに押し上げていこうと動き出しています。

土屋Goodpatchは所属するデザイナーが100名を超えており、会社全体がデザイン組織なので、よく相談を受けます。しかし、トップダウンでデザイン組織の構築に動き出す会社の中には、表層的な側面しか見ていないところも少なくない。デザインを、事業推進の“銀の弾丸”と捉えてしまっているのです。

デザイン組織が目指すべきは、中央集権的にクオリティのマネジメントをするのではなく、「組織全体にデザインが重要である」というマインドセットを浸透させること。まさに、磯貝さんが実践されていることではないでしょうか。

海外で急成長を続けるInstagram、Airbnb、Slackといったスタートアップ企業には、創業者にデザイナーがいます。これらはデザインが経営における最重要事項であることの証左であり、日本でもいずれ、当たり前の文化になっていくと思います。

「デザイン」という専門性から越境するデザイナーが求められている

今後、デザイナーに求められる役割が変化していくと思います。すると、求められるスキルセットも変化するでしょう。お二人が考える、次世代デザイナーに必要な素養とは、どのようなものでしょうか。

磯貝リクルートの場合、「クラシカルなデザインスキル」とヒューマンセンタードデザインなどの「プロダクトデザインに関する知識」、そしてインハウスデザイナーとしてプロジェクトを推進するための「論理的思考能力」。この3つです。どれか一つでも欠けていたらダメで、バランスが欠かせません。

というのも、事業内でデザイン業務を推進するためには、これらの要素を複合的に使いこなす必要があるからです。たとえば課題にぶつかり、クラシカルなデザインスキルでは解決できなかったとしても、デザインという枠を抜け出してアプローチする論理的思考能力があれば、価値を見出せる。従来の、いわゆる「デザイン」業務にとらわれない姿勢が求められると思っています。

土屋デザイナーに限っていえば「WHYの設計力」と「翻訳力」の2つを持つことが重要だと考えます。これまでは表層で美しいデザインをつくることが価値でしたが、経営とデザインが融合していく未来においては、より本質的な課題を見出していく能力が求められていきます。

また、デザインが経営をアップデートしていく時代なので、経営層にデザインの価値を伝える翻訳力も必要になる。デザイナーがデザイナーの言葉で話しても、その価値を伝えきることはできませんから。そうした意味では、対等に話をするためにも、経営層(ビジネスサイド)の言葉を理解することは必須。やはり、ビジネスの理解は避けて通れない道になるでしょう。

そうしたスキルを身につけるためには、どのような環境を選べばいいのでしょうか。

土屋デザイナーに限った話ではないですが、チャレンジングな機会を提供してくれる環境だと思います。人は機会によってしか成長できないもの。だからこそ、“修羅場”を用意し、それでいて失敗を許容してくれる環境に飛び込むことをおすすめします。Goodpatchはそうであることを常に意識していますし、きっとリクルートさんも同じなのではないかと思います。

磯貝そうですね。また、デザインに代表される専門スキルは、事業推進をするためのビジネス思考能力があってこそ活かされるものだと思います。なので、デザインという領域から染み出し、複合的に価値を与えるプレイヤーになるためにも、越境する自由さがある環境を選ぶべきだと思います。